July 28, 2014

(Source: coltre)

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集団的自衛権のこと。

もう20年近くアメリカに住んでいる自分が、この件について何を言えるだろう。たまたま帰国しているときに、閣議決定がなされてから、ずっとこのことを考えていた。

アメリカに住んでいると、自分の支払っている税金が、海外での軍事行動に遣われるということは当たり前の現実だ(日本だってどれだけの人が気がついているかわからないけれど、世界トップレベルの軍事費を遣っているわけだけれど)。

けれど思い返してみると、90年代は平和だった。ボスニア紛争や局地的なテロはあったけれど、どこか遠くの世界の話だった。

それがひっくり返ったのは、2001年の同時多発テロだった。

当時、高校を卒業したばかりの義妹(元夫の妹ですね)が、ニューヨークに出てきたばかりで、アパートを探す間、うちに居候していた。

彼女の高校の同級生で、裕福でない家庭の子たちのなかには、大学に行くお金がなくて、1ヶ月に1度(週末)程度、1年の間どこかで行われる2週間の訓練に参加すれば受けられるベネフィット(給料、健康保険、学費補助)につられて、陸軍の予備役に登録した子たちが何人かいた。

平和な世の中だっただけに。

けれども、ある日突然、「平和」だと思っていたものが崩れ去る日がやってくることがある。

そういう子供たちが、ある日突然、戦場に送られるかもしれない、という世界になったのだ。

9月11日の数日後、義妹は自分の友人たちが戦場に送られるかもしれない可能性を考えて泣いていた。

あれから13年。その間にアメリカはアフガニスタンに派兵をし、イラクにも戦争を仕掛けた。

自分たちの平和が脅かされているのだと言われ、遠くの国に出かけて、自分たちに直接危害を加えようとした人たち以外とも戦っている。

政府としてのアメリカは、中東の揉め事のそもそもの原因にも関係しているわけで、そういう意味では当事者だけれど、予備隊に登録した若者たちを当事者と呼ぶ気持ちにはとてもなれない。

ニューヨークにだけいると、そういうことを近くに感じる機会はあんまりないようで、自分の周りに普通に生きている人間の家族や従兄弟や同級生が、戦場にいるという状態は、それほど非現実的でもない。田舎にでかけていくと、リアリティはさらに高まる。

そもそもの揉め事とまったく関係ない、未来ある若者たちが、戦場に送られていき、命を落としたり、一生つきまとう精神的なトラウマや障害を抱えて戻ってくる。

集団自衛権の行使を容認するということは、そういう可能性を受け入れるということだ。日本に関係のないトラブルに首を突っ込んで、自国の若者たちを戦場に送る。

集団的自衛権の行使容認の是非を決めかねている人は、そういう状況を想像してほしいと思う。

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